社会人になって、15年目。
お盆も終わりかけた頃、突然セルフエントリーシートの課題が出された。
経験年数は関係ない。
部署全員が対象らしい。
なんでこの時期に。
やるなら年明けあたりに「来年度へ向けて」とかじゃないのか。
期限は1ヶ月。
まだ時間はある。
……。
このまま置いておいて、締め切り間際になって、
「全然できてない。」
そう言っている自分が見える。
こういう時は先手を打つ。
仕事がひと段落したところで、上司に声をかけた。
「少し時間いいですか?」
セルフエントリーシートを見てもらう。
自分が書いたのは、
「部署の目指す方向性をクリアにして、日々の業務にベクトルを持つ。」
自分なりには、それっぽく書けた気がする。
上司はしばらくシートを見ていた。
「お前、自主性が足りないんじゃないか?」
……自主性。
部署が目指しているところ。
上司が求めているところ。
自分が考えているところ。
少しズレているらしい。
自分の短所だけを並べればいいわけでもない。
今できていること。
足りないこと。
これから何をするのか。
「ありがとうございます。ざっと下書きができたら、また確認お願いします」
少しだけ方向が見えた。
それから数日。
上司がオフィスで声を上げた。
「エントリーシート、みんな進んでるか?」
……。
静かだ。
何人かが順番に呼ばれていく。
それぞれ考えてきたことを話しているようだ。
「全然できてないじゃないか」
静かだったオフィスが、さらに静かになった。
キーボードを叩く音だけが、やけに聞こえる。
「教育担当はどうした?」
……。
「この3人のこと、誰か見てやってくれないか?」
……。
ちらっと上司と目が合う。
「……やります」
一番当たりが強かった後輩のところへ、ササッと向かった。
「どう?」
「いつも、これで合ってるか心配で……」
少し間を置いて続ける。
「もっと早く持ってこいって、いつも言われるんです」
ふとデスクを見る。
綺麗に整理されている。
肌身離さず持っているメモ帳には、綺麗な字がびっしり並んでいる。
書類にも誤字脱字はほとんどない。
仕事も堅実そのもの。
……遅いのか。
いや、慎重なのか。
「急ぐ仕事と、確実にやる仕事を少し分けてみたら?」
慎重なのは悪くない。
あとは、仕事の緊急性を意識する。
それだけでも少し変わるかもしれない。
次は新人。
「何かと、いつも自分ばっかりなんです」
メモ帳を片手に、少し愚痴混じりに嘆いている。
「それで、いつも仕事が中断しちゃって……」
デスクの上は、あまり整理されていない。
途中らしき仕事がいくつか溜まっている。
思えば、何かと上司に声をかけられている。
「あれやってみろ」
「これも見ておけ」
「次はこっち」
……待てよ。
この新人、結構いろんなことやってないか。
「それ、言われたこと全部メモしてる?」
「一応……」
メモ帳を見せてもらう。
……多いな。
本人は「自分ばっかり」と思っている。
でも、見方を変えれば、それだけ色んな仕事を経験している。
本人が思っている以上に、経験値は高いのかもしれない。
「これ、一回整理してみたら?」
「整理ですか?」
「何を言われて、何ができるようになったのか。まだ分からないのは何なのか」
まずはそこからでいい。
最後の一人。
「あれもやって、これもやって。自分、忙しいんですよ」
少し不貞腐れている。
「ここで一番結果出してると思うんですけど、突然これってなんですか?」
……確かに。
いつも飛ぶように動き回っている。
デスクに座っている姿はあまり見ない。
本当にここで仕事をしているのかと思うくらい、何もないデスク。
結果も出している。
ただ、本人がデスクに姿を現すと、確認の電話が鳴り止まない。
「その電話、何の確認?」
「さっきの件です」
「それも?」
「これは昨日のやつです」
仕事は速い。
前にも進める。
でも、通過したところに小さな確認事項を残しているようにも見える。
「次に動く前に、一回だけ今の仕事確認してみたら?」
「確認ですか?」
「うん。これだけ出来てるんだから、最後に一回見るだけでもっと良くならない?」
少し考えている。
まあ、すぐには変わらないか。
自分の仕事をしながら、3人分を見る。
当然、自分のエントリーシートもある。
骨が折れる。
15年働いていると、色んな人に出会うものだ。
そして、同じ人は一人もいない。
自分のエントリーシートを開く。
上司に言われた言葉が残っている。
「お前、自主性が足りないんじゃないか?」
3人には、今あるものを見ながら、次に何を足せばいいのかを一緒に考えた。
じゃあ、自分は。
部署の方向性を知る。
その方向に向かって、自分が何をするのかを考える。
言われてから動くんじゃない。
自分から動く。
……そういうことか。
最初に書いた時より、少しだけ自分のエントリーシートが見えるようになった。
しばらくして、上司から声をかけられた。
「エントリーシート、進捗どうだ?」
3人の顔が浮かぶ。
順調と言えば順調。
完成したかと言われれば、まだそこまではいっていない。
「方向性は見えてきてます」
我ながら便利な言葉だ。
上司が求めているところ。
後輩たちが今いるところ。
その間で答える。
今日も板挟みだ。
そんなある日。
仕事をしていると、最初に見た自信のない後輩が声をかけてきた。
「ここって、どういう意味ですか?」
「ここ?」
改めて見てみる。
……。
なるほど。
「ここ、分かりにくいね?」
少し直す。
仕事はそのまま続く。
しばらくして、今度は10年目の後輩がやってきた。
「セルフエントリーシート、見てもらっていいですか?」
「いいよ。じゃあ、俺のも見てよ」
「いいんですか?」
「自分のって、意外と分かんないから」
10年目と15年目。
二枚のセルフエントリーシートを机に並べる。
「ここって、どういう意味ですか?」
「そこ? 部署の方向性を……」
「それなら、こっちの書き方の方が分かりやすくないですか?」
「ああ、確かに」
今度はこちらが後輩のシートを見る。
「これは?」
「そこ、自分でも迷ってるんですよね」
ああでもない。
こうでもない。
お互いのセルフエントリーシートを見ながら、思ったより話が盛り上がる。
気づけば、さっきの3人もササッと集まってきていた。
「……見てみる?」


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