アラフォー会社員は上司がいなくても板挟み。

突然、上司に呼び出された。

「少し時間いいかな?」

やけに丁寧だ。

こういう時、だいたい良い話ではない。

もちろん、首を横には振れない。

どうやら、新規介入に向けた資料をまとめるらしい。

現状を整理して、必要な情報を集めて、今後の動きまで考える。

……そこそこ大きいな。

「君ならできるよな。」

その一言で逃げ道がなくなる。

「わかっているとは思うけど、頼んだよ。」

何を“わかっている”のかは、まだよくわからない。

しかも、どうやら上司はこれから4〜5日出張らしい。

なるほど。

だから今日だったのか。

資料を見る。

期限を見る。

正直、最初に思った。

1人でやった方が早い。

でも、出張明けの上司の顔が目に浮かぶ。

ここは先手必勝だ。

まだ上司が見ているうちに、オフィスのみんなへ声をかける。

「ちょっと協力してほしいんだけど、いいかな?」

その場で、任された仕事について即興で説明する。

拙い。

なんとなくでいい。

伝わってくれ。

「わかりました!」

返事はいい。

一部の部下からは、妙な圧すら感じる。

チラッと上司を見る。

嬉しそうだ……。

久しぶりに見た。

「出張の間、この前の仕事進めておきます。」

そう伝えて、上司を送り出した。

──上司出張1日目。

こんなにも空気が変わるものなのか。

みんな、のんびり。

のびのびと仕事をしている。

4〜5日後の自分を考えているのだろうか。

とりあえず、自分の仕事に取り掛かろう。

そして定時。

そそくさとデスクが空いていく。

……。

昨日の「わかりました!」は、どこへ行った。

まあいい。

今日は自分も早めに帰ろう。

──上司出張2日目。

明らかに昨日より、さらに空気が違う。

このままだと……。

さて、どうするものか。

いつもと違う空気。

それでも電話は相変わらず鳴り止まない。

とにかく自分の仕事を片付けなくては。

3〜4日後が……。

「すみません、ちょっといいですか?」

電話対応で困っている部下から声をかけられた。

その瞬間、周りの視線が一気に集まる。

「どんな感じで保留にしたの?」

……。

「一旦、繋いでくれる?」

電話を代わる。

対応を終えて、受話器を置く。

さっき電話対応していた部下に確認する。

「何かわかることないかな?」

口では平静。

視線は大注目。

……そんなに見るな。

「じゃあ、このままお願いしよう。」

もういい。

仕事を振るしかない。

「そういえば、あれどうかな。進んでる?」

確認する。

「この前の任された仕事なんだけど、手伝ってくれる?」

もう、どうとでもなれ。

──上司出張3日目。

上司の足音が聞こえる気がする。

デスクに着く。

みんなの視線を感じる。

動き出すなら、今日しかないか。

ふと、部下から声をかけられた。

どうやら、前から滞っている仕事があるらしい。

このタイミングか……。

やるなら今しかないな。

とりあえず話を聴く。

「ちょっと急がないといけない案件かもね。」

「とりあえずここまでやって、終わったら声かけてくれる?」

自分の仕事は進まない。

「ちょっと良いですか?」

今度はなんだ。

話を聞いてみると、今回上司から任された新規介入の仕事にも関係している。

しかも、少しまずい。

自分と上司くらいしか状況を判断できないレベルの話だ。

上司は、いない。

止まらない報告、相談。

鳴り止まない電話。

気づけば12時ちょっと前。

自分の仕事も進まない。

疲れてきたな。

「みんな、ちょっと良いかな。」

一斉にこちらを見る。

「少し早いけど、休憩にしよう。」

「きっちり1時間休もう。」

忙しないデスクが、嘘のように静かになる。

やっと休める。

疲れた。

こんな時は、サクッと腹を満たして昼寝だ。

誰も知らない隠れ家へ向かう。

20分だけ寝る。

昼寝して、頭もスッキリ。

デスクに戻る。

「すいません、ちょっと良いですか?」

……早い。

今日は、自分の仕事はできないな。

腹は括った。

とにかく聴く。

確認する。

その繰り返しだ。

あっという間に15時前。

自分も疲れてきた。

ここで、コーヒータイム。

近い年代のメンバーから少しずつカンパを集める。

「悪いけど、2人で全員分の飲み物買ってきてくれる?」

買い出し部隊が帰ってきた。

みんな、思い思いの飲み物を手に取っていく。

自分に回ってきたのは、普段なら選ばない甘いジュース。

……これか。

「とりあえず15分休憩しよう。」

そのあとは、まあどうにかなる。

意外とみんなスマホをいじらない。

変に盛り上がっているグループもいる。

久しぶりに飲んだ甘いジュースは、意外と悪くなかった。

このままコーヒータイムが長引くかと思った。

でも、そうでもない。

自然とそれぞれデスクに戻っていく。

みんな集中している。

……悪くない。

その直後。

「あのー……ちょっと良いですか?」

歯切れが悪い。

嫌な予感がする。

話を聞く。

……なんで今さらなんだ。

もっと早く言えただろ。

心の中には、いつもの上司みたいな言葉が浮かぶ。

でも。

「とりあえず、みんなで取り掛かろうか。」

誰かが確認する。

誰かが電話をする。

誰かが資料を探す。

自分も動く。

気づけば、みんなで一つのトラブルに向かっていた。

そして夕方。

なんとか片付いた。

「終わったー!」

誰かの声が響く。

今日はもう、それでいい。

自分の仕事はほとんど進んでいない。

でも、なぜか昨日までとは少し違った。

──上司出張4日目。

今日、上司は帰ってくるのだろうか。

それとも明日なのだろうか……。

とりあえず、今までの遅れを挽回しなくては。

デスクに着くなり、近い年代の同僚から声をかけられた。

「昨日の件、まとめといたよ。」

「少し先まで見据えてまとめたから、あとは任せるよ。」

「あと、噛んでた後輩がいたから話しておいた。」

……助かる。

「上司、今日帰ってくるのかな?」

ニヤッ。

こいつも気にしてたのか。

そうと決まれば、話は早い。

経緯を知っている部下に話を聞きに行く。

なるほど。

ここまで来たらお願いしよう。

「それ、やっといてくれると助かる。」

「よろしくね。」

さて、自分の仕事に戻るか。

その瞬間。

「1個聞いて良いですか?」

……嫌な予感がする。

「これって、どんな感じでまとめようとしたの?」

話を聞いてみる。

なるほど。

「ここか。」

「ここ、少し表現変えるともうちょっと良くなると思うよ。」

「そこだけ直して、とりあえず相談してみるのどうかな?」

「わかりました。」

しばらくして、さっきの部下が自分で相談に行っている。

何を話しているのかまでは聞こえない。

でも、相手の表情は穏やかだ。

心象は悪くなさそう。

……よし。

そうと決まれば、上司の帰還に備えよう。

任された仕事。

止まっていた仕事。

部下に振った仕事。

一つずつ確認していく。

気づけば、昨日までとは少し違う。

自分が全部やらなくても、仕事が進んでいる。

廊下から足音が聞こえる。

……帰ってきたか?

違った。

また足音がする。

……今度こそ?

違う。

結局、その日も上司は帰ってこなかった。

少しホッとした。

いや。

なんでホッとしてるんだ。

──上司出張5日目。

今日こそ上司は帰ってくる。

間違いなく帰ってくる。

デスクの雰囲気は少しゆったりしている。

……大丈夫か。

近い年代の同僚と目が合う。

わかっているな……。

このままだと、いつもの、

「どうなっているんだ。」

が目に見える。

「この前の件どう?」

「お願いしたことなんだけどさ、順調?」

片っ端から声をかけてみる。

意外と進んでいる。

思っていたより、仕事は回っている。

どこからか、聞き覚えのある足音。

今度は間違いない。

「ただいま。」

「みんなどうだったかな?」

手土産片手に、やけに上機嫌な上司が帰ってきた。

静まるデスク。

上司はそんな空気など気にする様子もなく、楽しそうに出張の話を始める。

あそこが良かった。

こんなことがあった。

手土産はここの名物だ。

……例の件、忘れてるな。

散々話して、ようやく気が済んだらしい。

「で、近況どうだ?」

いくつか報告が上がる。

「そこは、まだ進んでません。」

空気が変わる。

「俺がいない間、何をしてたんだ。」

……出た。

チラッと上司を見る。

目が合った。

「例の件なんですけど。」

新規介入についてまとめた資料を出す。

途中で止まっていた案件。

新しく拾った情報。

みんなに協力してもらった部分。

一通り説明する。

上司は資料に目を通す。

少し間があった。

「これだけ?」

……。

5日間って、こんなに短かっただろうか。

やっぱり、1人でやった方が楽だったのだろうか。

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