「これ、分かるやついるか?」
突然、上司の確認が始まった。
少し間があって、やりすぎる部下が口を開く。
「それ、自分がやりました。」
どうやら、良かれと思って先に手をつけていたらしい。
頼まれたわけではない。
ただ、必要になると思って進めていた。
上司が話を聞いている途中、何かを思い出したようにもう一人を見る。
「これ、お前も関わってたよな?」
やらなすぎる部下が答える。
「はい。」
「詳細、知ってた?」
「知ってました。」
……知ってたんかい。
一人は、頼まれていないところまで先に進む。
もう一人は、知っていても聞かれるまで言わない。
いつもの上司がブチギレた。
「統率が取れてないんじゃないか。」
そして、ちらっとこちらを見る。
……なんで俺を見る。
「じゃあ、この仕事。3人でやって。」
結局、やりすぎる部下が手をつけた仕事を、3人で最後まで仕上げることになった。
散らばっている情報を整理して、今後の判断材料として使える形にまとめる仕事だ。
また仕事が増えた……。
仕事を振られた直後。
やりすぎる部下は、目がギラギラしている。
「何からやりますか?」
もう始める気満々だ。
一方、やらなすぎる部下は、どことなくめんどくさそうに見える。
さて、どうしようか。
やりすぎる部下に、
「勝手にやらないで。」
と言うのは簡単だ。
でも、それではせっかくの行動力まで削ってしまう。
やらなすぎる部下に、
「もっと自分から動いて。」
と言うのも簡単だ。
でも、それで動いたところで、結局は“言われたからやっている”になる。
まずは3人で、現在地を揃えることにした。
やりすぎる部下に声をかける。
「俺も全部把握できてないところがあるから、今までやったことと、今どこまで進んでるか、一回まとめてもらえる?」
「分かりました。」
翌日。
やりすぎる部下が、目をキラキラさせながら大量の資料を抱えてやってきた。
ドサッ。
「まとめました。」
……多い。
それにしても、彼の行動力には時々惚れ惚れする。
よくもまあ、これだけの情報をかき集めてきたものだ。
この行動力は、間違いなく彼の良さだと思う。
ただ。
多い。
隣にいた、やらなすぎる部下にも見てもらう。
「これ見て、どう思う?」
しばらく資料を眺めて、一言。
「なんか、何を見ればいいか分からないっすね。」
なるほど。
情報はある。
むしろ、ありすぎる。
これだけ多いと、大事な情報まで埋もれてしまう。
「これだけ多いと、良い情報も埋もれちゃうかもしれないよね。」
やりすぎる部下に資料を返す。
「もう少しまとめられそう?」
少し考えて、
「やってみます。」
と答えた。
実は、こういう作業はあまり得意ではない。
情報を集めるのは早い。
でも、集めた情報の中から何を残して、何を捨てるか。
そこは少し苦手だった。
夕方。
また、やりすぎる部下が目をキラキラさせながら資料を抱えてやってきた。
また、ドサッ。
「まとめました。」
今度はさっきより少ない。
資料をざっと見る。
「この前より、だいぶまとまったね。」
すると、隣から声がした。
「……これ、この前とあんまり変わってなくないっすか?」
やらなすぎる部下だった。
鋭い。
普段、彼はあまり言葉数が多くない。
でも、たまに核心を突くことを言う。
この仕事で何が本当に必要なのか。
彼がどう考えているのか、少し気になった。
ただ。
言いたいことは分かるけど、伝え方が惜しい。
「なんでそう思った?」
と聞いてみる。
「量は減ってるんですけど、結局どこ見ればいいか分からないというか。」
なるほど。
やりすぎる部下に聞いてみる。
「この仕事で、一番核になることって何だと思う?」
少し考えて、資料の一か所を指差した。
「……これですかね。」
「俺もそう思う。」
そこから少しずつ、2人が作ったものを互いに見てもらうようにした。
やりすぎる部下がまとめた資料を、やらなすぎる部下に見てもらう。
やらなすぎる部下が整理したものを、今度はやりすぎる部下に見てもらう。
「これ、どう思う?」
私がするのは、それくらいだった。
正解を教えるより、自分で見て、自分で感じた方が気づくこともある。
「こっちの方が分かりやすいですね。」
「でも、この情報は残した方がいいんじゃないですか?」
少しずつ、2人の間で言葉が増えていった。
その間に私は、内容の確認をしたり、必要なところへ話を通したり、抜けている情報を拾ったりする。
誰がやったかなんて残らないような、泥臭い仕事を埋めていく。
途中、また突然上司が確認に来た。
まだ完成には遠い。
予定より時間もかかっている。
資料を見ながら、上司が言う。
「もっと臨機応変にできないのか?」
今回の進め方を決めたのは自分だ。
ここは自分が受ける。
上司の言葉を、そのまま部下には流さなかった。
必要なら修正すればいい。
それだけだ。
しばらくすると、少しずつ仕事が軌道に乗ってきた。
2人から、それぞれ意見が出るようになった。
「それ、いいね。まとめとくよ。」
そう言うと、やりすぎる部下がすぐに反応した。
「自分やります。」
少し前だったら、また先に行きすぎないか心配したと思う。
でも今なら、少し先の仕事を任せてもいいかもしれない。
「じゃあ、こっちお願い。」
「分かりました。」
その少し後。
今度は、やらなすぎる部下が資料を見ながら自分から言った。
「ここ、こうした方が分かりやすいんじゃないですか?」
「それいいね。」
少し間を置いて聞いてみる。
「じゃあ、それでまとめられそう?」
「やってみます。」
それだけだった。
劇的に何かが変わったわけではない。
でも、最初とは少し違っていた。
3人で最後の確認をして、上司へ報告する。
上司は資料を一通り見たあと、言った。
「少し時間がかかりすぎなんじゃないか?」
隣を見る。
部下2人が、ちらっ……。
こちらを見る。
……はい。
今回はここ、私の番らしい。
「そうですね。次はもう少し早くまとめます。」
確かに、時間はかかった。
もっと早く完成させる方法もあったと思う。
それでも、少しだけ手応えはあった。
統率を取るとは、全員を監視下に置いて、同じ速度で走らせることなのだろうか。
一歩は小さくても、歩数で距離を稼ぐ人がいる。
一歩が大きく、少ない歩数で先まで進む人もいる。
仕事のスピードも、歩幅も、人それぞれだ。
大事なのは、全員を同じ歩幅、同じ速度にすることではなく。
歩幅もスピードも違う人たちが、同じゴールに向かって進めるようにすることなのかもしれない。
……まあ、時間はかかったけど。

コメント