ついに、本部の人が来た。
前日まであれだけ準備していた上司は、朝からいつも以上に落ち着かない。
机の上を確認する。
周りを見る。
また机の上を確認する。
そんなに見ても、昨日から何も変わっていない。
一方で、やりすぎる部下は朝からすでに手一杯だった。
「あれもやらないと。」
「これもまだ終わってなくて。」
本部の人が来たからといって、いつもの仕事が減るわけではない。
むしろ今日は、少し増えている気さえする。
そんな中、上司が言った。
「じゃあ、うちの部署のこと簡単に紹介してもらおうか。」
誰がやるんだろう。
そう思った瞬間だった。
「自分やります。」
別の部下がすかさず名乗り出た。
今日はやけに張り切っている。
チラッと上司を見る。
上司もこちらを見る。
……止めます?
……いや。
そんな会話を目だけでした気がした。
もう手は挙がっている。
止められない。
自分は自分の仕事に戻ることにした。
勢いよく始まった部署紹介。
業務内容。
一日の流れ。
最近取り組んでいること。
最初は良かった。
ただ、途中から少しずつ着地点が見えなくなっていった。
「えーっと……あとは……そんな感じです。」
本部の人は笑顔で、
「ありがとうございます。」
と答えた。
終わった。
思っていたより、ずいぶんふわっと終わった。
上司を見る。
今度は目が合わなかった。
部署紹介がふわっと終わったものだから、本部の人はやることがなくなった。
少しして、
「何か手伝えることありますか?」
と声をかけてくれた。
すると、さっきの張り切っている部下がすかさず反応する。
「じゃあ、これお願いしてもいいですか?」
差し出したのは、急ぎでもなければ、本部の人にお願いする必要もなさそうな仕事だった。
本部の人は嫌な顔ひとつせず、
「やりますよ。」
と笑顔で引き受けた。
さすがだ。
ふと顔を上げる。
上司と目が合った。
何も言っていない。
でも分かる。
なんとかしろ。
そんな圧を感じる。
いや。
さっき止めなかったの、そっちですよね。
ところが、本部の人はその仕事をテキパキと片付けた。
思っていたより、ずっと早い。
「終わりました。他に何かありますか?」
張り切っていた部下も、さすがに次に何を頼めばいいのか分からなくなったらしい。
そこで本部の人の視線が、朝から仕事を抱え込んでいる部下へ向いた。
「それ、手伝いましょうか?」
「え、いいんですか?」
そこから、本部の人は抱えている仕事を一つずつ見始めた。
「これは今日中ですか?」
「これは誰かに確認が必要ですか?」
「こっちは、今やる必要あります?」
部下は、
「あれもやらないといけなくて、これもまだで……」
と答える。
本部の人は仕事の量に驚くでもなく、淡々と整理していった。
そして、ふと聞いた。
「これって、最終的に何のためにやってるんですか?」
部下の動きが止まった。
「……えっと。」
どうやら、よく分かっていないらしい。
核心を突いた質問だった。
でも、決して問い詰めている感じはしなかった。
本部の人は答えを急かすこともなく、
「一回整理してみましょうか。」
と、そのまま話を続けた。
自分は横でそのやり取りを見ていた。
今まで自分は、
「それは今やらなくていい。」
「そこまでやらなくて大丈夫。」
そんなふうに、仕事を抱えすぎないように止めることばかり考えていた。
でも、本部の人が聞いたのはもっと手前だった。
そもそも、
何のためにやっているのか。
やるか。
やらないか。
その前に、本人に考えてもらう。
なるほど。
そこか。
そんなところへ、またあの部下がやってきた。
「それ、何やってるんですか?」
……来た。
本部の人。
仕事を抱え込んでいる部下。
そこへ、張り切る部下まで参加する。
午前中だけで、ずいぶん賑やかになった。
たまらず上司が言った。
「……ちょっと早いけど、昼にするか。」
その一言で、さっきまでの賑やかさが嘘のように、デスクがそそくさと空いていく。
気が付けば残ったのは、
本部の人。
上司。
そして自分。
三人だった。
少し間が空いた。
「一緒にいかがですか?」
本部の人を昼食に誘った。
午前中のこと。
職場のこと。
色々と話した。
「普段もこんな感じなんですか?」
本部の人が笑いながら聞いてきた。
「それぞれ課題はありますけど、なんだかんだ和気あいあいとやってますよ。」
そう答えた。
今日の上司は、なんだか静かだ。
午前中はあれだけ気合いが入っていたのに。
黙って昼飯を食べている。
何を考えているのかは分からない。
少しして、自分から本部の人に聞いてみた。
「さっきのやり取りって、どういうところを見ながら話してたんですか?」
「さっき?」
「仕事を抱えてた子との話です。核心を突いてるのに、全然問い詰めてる感じがしなかったので。」
本部の人は少し考えてから答えた。
「本人が何を分かっていて、何が分かっていないのかを見るようにはしてますね。」
特別なことをしているような言い方ではなかった。
でも、自分には十分だった。
質問するというのは、
答えを聞くためだけではない。
相手自身に整理してもらうために聞くこともある。
横で見ていただけだった。
それでも、少し学んだ気がした。
昼休憩も終わる頃。
今度は自分から声をかけた。
「今の仕事がひと段落したら、少し相談したいことがあるんですが。いいですか?」
「もちろんです。」
午後。
自分が進めている仕事について、本部の人に相談してみた。
「自分ではこう進めようと思ってるんですけど、本部から見るとどうですか?」
自分の考えを伝える。
本部の人の視点を聞く。
「ここは先に確認した方がいいかもしれませんね。」
「この部分は、別の人も早めに巻き込んだ方が良さそうです。」
自分では見えているつもりだった。
でも、違う場所から見ると見え方も変わる。
何度かすり合わせていくうちに、少しずつ方針が見えてきた。
仕事を任されることが増えると、自分で判断する場面も増える。
でも、だからといって一人で全部決める必要はない。
どれだけ仕事を任されるようになっても、
自分とは違う視点を取り入れることは大事なのかもしれない。
そんなことを考えながら、自分の席へ戻った。
朝から仕事を抱え込んでいた部下が、少し落ち着いた様子でこちらを見る。
そして言った。
「そういえば、本部の人って何しに来たんですかね?」

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