「前にも言ってたと思うけど、来週から本部の人が来るから。みんなよろしくな」
どうやら、本部の人が3か月限定でうちの部署に来るらしい。
上司は現場の叩き上げでここまで上がってきた人だ。
そりゃ、気合いも入るだろう。
俺もこれまでの経験上、何を見るのかはなんとなく想像がつく。
とはいえ、具体的に何をしに来るのかまでは聞いていない。
上司は腕まくりをして、普段はほとんど触らない掲示物の整理を始めた。
「それ、やりますよ」
すぐに一人の部下が駆け寄る。
「そうか。じゃあ、ここ頼むよ」
上司は少し嬉しそうだった。
「これも直した方が良くないですか?」
「そうだな」
どうやら上司は、ものすごく機嫌が良いみたいだ。
「じゃあ、本部の人が来るまでの整理整頓は任せたよ」
そう言って、部下の背中をポンと叩いた。
「任せてください」
「アハハハ」
少し離れたところで、もう一人の部下が笑っていた。
次の日の朝。
出勤すると、張り切っていた部下がすでに部署の掃除をしていた。
その次の日も。
さらに次の日も。
……こんなんで一週間持つのか?
その横で、もう一人の部下はいつもニヤニヤしている。
「今日もやってますねぇ」
人ごとのように笑っている。
……こいつ、本部の人が来ることを本当に分かっているのだろうか。
数日すると、掃除の熱は少し落ち着いた。
今度は整理だ。
「ここも整理しましょうか?」
「これもやった方が良いですよね?」
一日に何度も上司のところへ確認に行く。
最初は嬉しそうだった上司も、少しずつ表情が変わってきた。
そんなある日。
いつもニヤニヤしている方が、上司に呼ばれた。
「あれ、どうなってる?」
「この前頼んだやつは?」
「本部の人が来るの、分かってるよな?」
どうやら、全然進んでいないらしい。
「すぐにやります」
言い訳はしない。
人前で指摘されても、非があれば素直に認める。
そこは、こいつの良いところだ。
ただ、いつもならここで雷が落ちる。
「それ、自分やりますよ」
張り切っている方が口を挟んだ。
……いや、お前はもう十分抱えてる。
ふと上司を見る。
ちょうど向こうもこちらを見ていた。
目が合った。
このままだと、本当に雷が落ちそうだ。
せっかく機嫌が良かったのに。
まずは張り切っている方に声をかける。
「もしさ、本部の人に今やってる仕事のここを聞かれたら、どう答えようと思ってる?」
少し考えて、答えが返ってきた。
「じゃあそこ、もう少し整理しとこうか。ここ手伝ってほしいんだけど、良いかな?」
「あ、はい。やります」
次はもう一人だ。
「お前もここ、聞かれた時に困らないように準備しといた方が良くない?」
「そんな細かいところまで聞いてこないですよ」
笑っている。
「いや、なんか結構細かい人らしいぞ」
「そうなんですか?」
「ちらっと聞いたんだけどね」
「なんかヤバそうですね」
「そうでしょ? 少しだけ具体的に準備しといても良いと思う」
「すぐにやります」
少し危機感持ってくれたか。
上司の視線を感じる。
とりあえず、ここはなんとかなった。
それから二人は、なぜか上司ではなく俺のところへ確認に来るようになった。
一人には、やることを減らして得意なことに集中してもらう。
もう一人には、あれこれ考える前に目の前のことをやってもらう。
一人には「そこまでやらなくていい」と言い、
もう一人には「そこまではやってくれ」と言う。
同じ準備なのに、二人に言っていることはまるで逆だった。
一応、進み具合を上司に報告する。
「二人とも、大体準備できてます」
「そうか。助かるよ」
そこで一つ確認しておく。
「……で、本部の人が来た時って、俺も対応するんですか?」
「この前頼んだだろ」
一瞬、何のことか分からなかった。
そして思い出す。
上司と二人で飲んだ帰り際。
「本部の人が来るから、よろしく」
……あの「よろしく」は、本気だったらしい。
その後も二人の確認に付き合いながら、ようやくおおよその準備が整った。
上司も一通り確認して、頷いた。
「よし。それで行こう」
なんとか間に合った。
その時だった。
「準備してて思ったんですけど」
いつもの彼が口を開いた。
「本部の人って、何しに来るんですか?」
この話の始まりは、前回のサシ飲みから。
どうやら、あの「よろしく」は本気だったらしい。



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